せきやんのブログ

技術や趣味などについて書きたいことが思いついたら書いていきます。

2023年の抱負を発表します!

みなさん、明けましておめでとうございます。

年も明けてはや1週間が経ちますが、いかがお過ごしでしょうか?

昨年はこっそり「こんな年にしたいな」と抱負を内に秘めて、意識して過ごすことで自分のしたかったことがかなりできました。

2023年はここで公表することでさらに強い決意とするために書きたいと思います!

目次

2023年の抱負

大学を卒業する

まずはこれですね。超直近のことですが、ちゃんと論文を出して大学を卒業したいです。

そもそもこんなブログ書いてないで論文書けやっていう話なんですが、隙間時間に書いているので許してください…。

手を広げすぎない

(無事卒業できれば)4月から関東で社会人生活が始まります。

新しい場所で、新しい職場で、新しく出会う人たちと日々を過ごすことになります。

最近の僕の傾向として、こういう時に気合が入りすぎていろいろやろうとしてしまい、その結果後から収集をつけるのに苦労します。

1年目ですし、まずは無理せず仕事や新しい環境に慣れることを優先して、手を広げすぎず目の前のことに集中したいなと思います。

バンドを組んでスタジオに入る

上記の目標といきなり矛盾してます笑

ただ、これはここ1年ぐらいでずっとやりたいと考えていたことです。

大学の間は勉強や他の活動に集中するためにバンドはやらないと決めていたのですが、やはり時間が経つとやりたくなるものです。

実はYouTubeで動画をあげているのもこのリハビリ的なこともありました笑

新生活がどれだけ忙しくなるのかはわかりませんが、趣味を充実させることも大切だと思うので、まずはライブをやるとか大変なことを言わずに、バンドでスタジオに1回でも入れたらいいな〜と思っております。

健康体で1年を過ごす

(ここだけの話ですが、最近太りました…)

さらに仕事はリモートワークが大半になる予定なので、もうこのままだと不健康まっしぐらです。

適度な運動、適度な睡眠、バランスの良い食事は本当に頑張りたいですね…特に運動、、、

人のいいところをたくさん見つけて褒めれるようになる

これが2023年に1番意識していきたいことです。

これまでの僕は、他の人のできていないところを見つけてアドバイスをすることが人を伸ばすことだと思い実行してきました。

しかし、大学生になってからいろいろな人と関わり、たくさんの経験ができたことで分かったことがあります。

それは「多くの人は褒められた方が嬉しい」ということです。当たり前のことですね笑

ですが、今まで僕はこれまでそれに気づかずにできていないことを指摘してきていました。もちろん時にはこれも必要なことなのですが、こればかりだと人はついてこないなと思います。

何より、僕自身が人に褒められたときめちゃくちゃ嬉しいですし、その方がモチベーションが上がったりもします。

ここで僕が人生において大きな影響を受けたライトノベル作品である「青春ブタ野郎シリーズ」から言葉を引用させていただきます。

『ありがとう』『がんばったね』『大好き』を大切にして生きていく

本当にこの3つに全てが詰まっているし、これを言われて嬉しくない人はいないのではないか、と僕は思います。

そして、これらを素直に伝えることって意外とできていなかったりしませんか?

僕はこの1年は周りの人をたくさん観察して、いいところを見つけ、『ありがとう』『がんばったね』『大好き』をたくさん伝えられるようにしたいと思います。

そして、来年以降はわざわざ抱負にしなくても当たり前にできるようにしておきたいですね。

さいごに

5つの抱負を書きましたが、多すぎますかね?

でも、そんなに難しいことは設定しないようにしたつもりですので、2023年も抱負を忘れず1年を過ごしたいですね!

みなさんも何かこの1年の目標を決めてみたはいかがでしょうか?

それではまたどこかで〜

2022年振り返り

みなさんこんにちは、せきやんです。

2022年も年の瀬となり、2023年になるということで今年を振り返る記事でも書こうと思います。

わりとゆるめの記事になると思うので、ゆるりと読んでください〜

今年の抱負

記事とかにしてませんでしたので、後出しすぎますが僕なりに今年はこうしたいみたなことを決めてました。

それは 最後の学生生活を悔いなく過ごすこと です。

もう就職することも決まっていますし、今後学生になることはおそらくないと思うので、これが本当に最後の学生生活です。

そして、僕は働いていた経験も少しだけあって、学生生活がいかに貴重かであるかを感じていました。

だからこそ、最後の1年は思う存分やりたいことに時間とお金をかけたいと思いました。

月ごとの振り返り

1月

Tourism Project のホームページを2週間ぐらいで環境構築とか含めてほぼ全部1人で作ってました笑

www.tourism-project.com

いやーあれはきつかった笑

ほとんどが静的ページだったのもあり、Gatsby にしたのですが今思うと失敗だったなぁと後悔してたりしてます。

この後他のプロダクトで Next.js をガンガン使っていくことになり、今思うと Next.js で作った方が後輩への引き継ぎが楽だったなとか思います。

技術選定、大切ですね。

1月末には Tourism Project で初めてユーザーテストを雪の中やりました。死ぬほど寒かったのは忘れない…。

この時のことが北國新聞さんでチラッと書いていただいたりしてます。

www.hokkoku.co.jp

2月

2月に入ると、大学は春休みなのですが、内定先のインターンがはじまり、週4とかで1日働いていたので、ほぼ仕事してましたね。

このインターンでは、Go でバックエンドの開発をしたりしたのですが、ほとんど経験のない言語を新鮮な環境で勉強しながら書くことができて、かなり学びが多いインターンでした。他の内定者の参加メンバーは優秀な人ばかりで、自分はできなくて落ち込んだりしたけど、その分スキルアップにもなってかなり楽しくやってました!

このインターンを通して同期になる人たちとかなり仲良くなれたので、本当に参加してよかったなぁと思います!!(初めておひさまの友達もできた!)

3月

3月も引き続き内定者インターンがほとんどの毎日でした。

一方で、3月末にターニングポイントとなるイベントがありました。

そう、東京ドームで行われた日向坂46の3周年記念ライブ「3回目のひな誕祭」です!!!!!

日向坂46はすでにハマってはいて、配信でライブを見たりはしていたのですが、これが初めて現地で見た日向坂46のライブでした。

さらに、約束の彼の地、推しの復活など要素がてんこ盛りでもう本当に最高のライブでした!レポは以下の記事で書いてます!

sekiyan372.hatenablog.jp

間違いなく言えることは、このライブに行っていなければ今こんなに日向坂46にハマってはいなかったということです。

このライブに行ったことで、この1年はオタ活に捧げることを決意しました笑

4月

4月から晴れて大学4年生となり、研究室の活動が本格的に始まりました。

しかし、僕はやりたい研究が全然決まっていなくて、ここから数ヶ月間悩み続けることになったりします…。

また、4月あたりから内定者バイトが忙しくなってきたりして、そっちにかなり力を入れていました。

日向坂46では渡邉美穂の卒業があったりして、1週間以上虚無だったりもしました…笑

5月

5月に入ったぐらいで、教授から「とりあえず流行ってるらしいし Web3 でも勉強してみたら?」みたいなことを言われた気がします。まさかこれが今の研究テーマに繋がるとは…

この月は内定者インターンで開発していたもののリリースがあり、そっちでかなりバタバタしてましたねー。ここには書けないけどトラブルがいろいろあったなぁ。

日向坂 46 では 7th シングルの「僕なんか」が発売されましたね。自分にとってはいろいろと思い入れのあるシングルでした。

6月

6月の初めの方に内定者インターンの関係でイベントがあり、東京に行って今までオンラインでしかやり取りしてなかった開発メンバーと会えたり、イベントに参加できたりと最高な体験をできたのは忘れられません。これで一旦内定者インターンは終わりなのですが、本当に参加して良かったと心から思えるようなインターンでした!!

その後は、Tourism Project で2回目のユーザーテストがあったりして、一気にそちらへ切り替えが必要だったり大変でした。

え、研究…?そんなの知らな()

7月

間髪入れずに Tourism Project で3回目のユーザーテストがあり、前回から期間も短いためバッタバタでした。

それと、ひな誕祭以来ライブ参戦で、 「W-KEYAKI FES.2022」のため富士急に行きました!とにかく楽しかった!!

さらにさらに、7月で研究テーマがやっと決まってます。決めるだけでめちゃくちゃ時間かかったけど、決まって本当に良かった…。

8月

前半は研究室の中間発表に追われ、後半は帰省したりって感じでした。

夏休みで余裕があったのもあり、ベースの弾いてみた動画を投稿しはじめたのが8月!日向坂46の曲をいくつか弾いてるので見てね!!(宣伝)

www.youtube.com

9月

日向坂46のツアー「Happy Smile Tour 2022」の愛知公演に参戦しました!!メンバーが近くで見れる席で最高でした!!!(語彙力)

宮田愛萌の卒業発表もこのあたりだったかな…?2期生が1年で2人も卒業するとか、絶望がすごかった…。

研究の中間報告もなんとか乗り越えたけど、サーバー構築わからんっていうのをずっとやってた気がする。

10月

「Happy Smile Tour 2022」の神奈川公演にも参戦!!4回席とか初めてだったけど、全体見渡せるのもよかった!!

8thシングルの「月と星が踊るMidnight」もリリースされましたねー。

研究は、システム組んだり実験内容決めたり。

そして、10月の一大イベントはやはりぼんぼり祭りですね!こちらはもう、散々記事で書いたので、ぜひこちらを読んでください!

sekiyan372.hatenablog.jp

自分としても、Tourism Project としても1つの節目でした。

11月

ようやく、研究の実験をやり始めることができて良かったけど、被験者集めたりとかめっちゃ大変でした…。

そして、人生初のミーグリ(オンラインお話会)に参加しました!

少しだけど、推しの小坂菜緒ちゃんと話せたという事実を受け入れるのに時間がかかりました…笑

けど、実はミーグリをやってみて、少し苦手かもと思ったので、今後やるかは検討します。

12月

12月になると、家を探したり、引越しの見積もりをしたり、その他諸々引越し関連のことを一気にやりました。

引越しってめっちゃ大変じゃないですか?部屋探しは好きなんですけど、その他事務手続きが多すぎて途中からメンタルやられてました…。

研究も大詰めで、実験をやりきって、とったデータの分析しながらどう論文書くか考えたりしてます。ムズカシイ…。

できたこと・できなかったこと

できたこと

月ごとのやつのまとめみたいになりますが

っていう感じでしょうか?

特に、趣味に全力になれたのは、目標通りで良かったかなと思います!

できなかったこと

今年唯一後悔というか、あまりやれなかったなと思うことが 新しい技術への挑戦 ですかね。

もちろん研究やインターンで新しい技術に触れたりはしたのですが、周りの人を見ていると全然足りないなと思うので、もっといろいろ触って知識を深めたいですね。

どちらかというと、この1年はインプットよりアウトプットの方が多かった印象はあるかもしれないですね。

まとめ

というわけで、僕の今年の1年を振り返るとこんな感じでした。

できなかったこともありますが、本当にこの1年は充実していたなーという印象です。

授業がなくなって自由な時間が増えた分、いろいろなことに挑戦したり、趣味を全力で楽しんだりできたのが良かったのかなと思います!

めちゃくちゃどうでもいいのですが、大学4年生って最高学年のはずなのに、大学院生がいたりしてあまり最高学年感がなかったんですよねー。そこは小中高とは違う面白いところだなーと思います笑

みなさんはどのような1年だったでしょうか?

良い1年だった人は来年もそうなるように、あんまりだった人は来年こそ良い1年になるようにしましょう!!

年が明けたら来年の抱負とかをまた書きたいですねー

それではみなさん、2023年も良いお年を!!

好きを貫くということ ~大好きな作品に関わるまでの道のり~

はじめに

みなさんこんにちは。せきやんです。

久しぶりの記事になってしまいました。みなさんお久しぶりです。

昨日第10回湯涌ぼんぼり祭りというお祭りが金沢市湯涌町というところで行われていました!

僕もこのお祭りに深く関わらせて頂いたのですが、ここまで辿り着くのになかなかの道のりがありました。

今回は僕がぼんぼり祭りに関わるまでの軌跡を Tourism Project の活動と共に書いていきたいと思います。

長文になりますが、ぜひ読んでいただけると嬉しいです!

Tourism Project のメンバー(後列で中途半端なダブルピースをしているのが僕です)

目次

1. 花咲くいろは湯涌町

まずはいろいろな話の前提となる「花咲くいろは」と「湯涌町」の話からしていきたいと思います!

1.1.「花咲くいろは」との出会い

話の始まりは2011年まで遡ります。2022年現在から11年前の話です。

当時僕が中学3年生のとき、僕は深夜アニメが大好きでいろいろなアニメをリアルタイムで見ていました。

そんな時に放送された作品が P.A.WORKS さんが制作したアニメ「花咲くいろは」でした。

www.hanasakuiroha.jp

花咲くいろはは東京に住む女子高生があるきっかけから地方の温泉街「湯の鷺温泉」にある旅館「喜翆荘」に住みこみで働きながら生活をすることになり、その旅館の従業員と共に一人の少女が成長していく物語です。

当時中学生の僕は、あまり年齢の変わらない女の子が、旅館で働きながらその周りに大きく影響を与え成長していく内容にとても感銘を受けて、大好きな作品となりました。自分も身一つで外に出れば何かできるのではないかと中学生ながら考えたりしていたのを今でも覚えています。まぁ当時そんな勇気はまだなかったのですが笑

また、花咲くいろはは僕が現在でも1番好きなバンドである「nano.RIPE」と出会ったきっかけの作品でもありました。nano.RIPE花咲くいろはの主題歌を歌っているバンドであり、この主題歌が好きになったのをきっかけに nano.RIPE というバンド自体にもハマっていきました。

ここまで読んでいただければもうわかると思うのですが、花咲くいろはという作品には僕の"好き"がたくさん詰まっているのです。

1.2. 花咲くいろは湯涌温泉の関係

そんな花咲くいろははただの少女の成長物語というわけではなく、他にもたくさんの魅力があります。

その中でも特徴的なのが、花咲くいろはの舞台「湯の鷺温泉」は実際に存在する石川県金沢市の「湯涌温泉」という場所を元に作られているところです。

yuwaku.gr.jp

"元に"と書きましたが、実はほぼ一緒と言ってもいいぐらいアニメ内で細かいところまで街を再現されています。

湯涌町では花咲くいろはをきっかけに"アニメの聖地"として観光誘致に成功しています。

湯涌温泉街は有名な温泉街と比べるとかなり小さな温泉地で、正直観光資源が豊富にあるとは言い切れないぐらいです。

ですが、花咲くいろはをきっかけに作品の舞台を一目みたいという多くファンが現地を訪れるようになりました。

また、さらにそれに火をつけたのが「ぼんぼり祭り」というお祭りでした。

ぼんぼり祭りは花咲くいろの作品内で行われた"架空"のお祭りだったのですが、これを実際にリアルでもやってしまおうということで湯涌温泉観光協会によって開催された「アニメから生まれた地元のお祭り」なのです。そしてさらにすごいのが、2022年現在まで感染症などの止むを得ない事情を除いてほぼ毎年開催されています。これはかなり特殊な事例で、度々アニメの観光誘致の成功事例として取り上げられることがあります。

news.yahoo.co.jp

2. 僕と Tourism Project の軌跡

ではここからは僕を含めた Tourism Project がどう湯涌町、そしてぼんぼり祭りに関わっていったのかをお話ししたいと思います。

2.1. 金沢への引っ越し、そしてはじまり

僕は2019年に金沢工業大学に入学することになり、石川県にやってきます。これについての詳しい経緯などは「元不登校が仕事を辞めて大学入学した話 - せきやんのブログ」という記事に書いていますので興味があったら読んでみてください!(こっちもめっちゃ長いですが…)

実は僕はこの引っ越しまで石川県を訪れたことがなく、思わぬ形で花咲くいろはの舞台の近くに住むことになります。「これはチャンスだ!」と思った僕は2019年に行われた「第9回湯涌ぼんぼり祭り」に大学の友達を誘って参加します。初めて肌で感じた湯涌町はまさにアニメの世界に迷い込んだのかと錯覚するぐらい同じですごくすごくすごく感動しました…!

この時は普通に観光客としてお祭りを楽しみました。この時チラッと脳裏をよぎったのが「自分も近くの大学なんだし、ワンチャン運営として参加できたりしないかな…まぁないか」ということでした。これが思わぬきっかけになるとは、当時知る由もなく…

2.2. とりあえず話だけ聞いてみます

ここで話は変わり、2020年の2月ごろ僕は大学の知人(今では友人)から「新しいプロジェクト活動が立ち上がったんだけど、入らない?」という話をもらいます。

当時CirKitという他のプロジェクト活動で忙しかった僕ですが、気になったので「とりあえず話だけ聞かせてほしい」という返事をします。

そして待ち合わせ場所に行くと、複数人のメンバーと待ち構える友人、そして友人の第一声は…


「こちらが参加希望者の方です!」


でした。「え、とりあえず話を聞きたいって言ったよね!?!?」となったんですけど、こんな感じでいつの間にか参加希望していることになってました。そしてなんか参加しました笑

これが僕の Tourism Project との出会いでした。

www.tourism-project.com

2.3. やりたいことやったもん勝ち

僕が加入した当時の Tourism Project は実は立ち上げて1ヶ月も経っていないぐらい本当にできたてホヤホヤでした。しかも、外国人観光誘致という目的だったらしいのですが、それがコロナウイルスの影響で1ヶ月足らずで話がなくなります。

当時は全く何が起きているのかわからなかったのですが、とりあえずイチから何をしたいのか考えてみよう!となり、メンバーそれぞれでアイデアを考え発表し合うことになりました。

そこで僕が考えたのが「聖地巡礼スタンプラリーアプリの作成」でした。元々プロジェクトが観光誘致をやろうとしていたというのと、アニメの聖地巡礼にちょうどハマっていたというのがあり、そこから着想を得て思いついたアイデアでした。さらに、金沢はちょうど「花咲くいろは」の舞台でもあるから、近場でいろいろできるみたいな話をメンバーに熱く語りまくりました。

その結果、見事僕のアイデアが採用されることになりました。他の人のアイデアとの差は完全に熱量にだったと僕は思います。

正直「うまいこといけばアニメ関係者の方とお近づきになれるかも…??」という完全な私欲はめちゃくちゃありました笑

でもそれが熱量にもつながったのかなとも思いますし、やはり"やりたい"という気持ちは大切だなとその時改めて思いました。

2.4. 果てしない道のり

イデアが決まるまではよかったのですが、そこからが果てしなく長い道のりの始まりでした。

具体的にどのようなアプリにするのか、デザインはどうするのか、開発はどうやってやるのか、どうやってアプリを知ってもらうのか、アプリを通してどのような体験を届けるのか、活動の経費をどうするのか、そもそも許可が降りるのか etc...

考えることはキリがなく、まずアプリのおおまかな機能が決まるまでに半年、そして簡単なデモアプリができるまでさらに半年がかかりました。

その間メンバーとは毎週ミーティングを重ね、時に不毛な議論をしたり、脱線をしかけたりしながら、本当に少しずつ前に進んでいるような感じでした。

また、僕が入った当時は7人のメンバーだったのですが、途中で抜けるメンバーがいたりもし、新たなメンバーとして友人を誘ったり、人を集めることも同時並行でやる必要があり、今思うと大変でしたね。

2.5. 大学生っていいよね

そして発足から1年ほど経ったところで、ようやくですが「湯涌さんに話を聞いてもらう!」となりました。もしかしたら道のり的に順序とか間違っていたかもしれませんが、まぁそこは温かい目で見てください笑

実際に湯涌温泉観光協会のHPにあったメールアドレスにメールを送り、今自分たちが考えているアイデアの話を聞いてもらえないかということを伝えました。

正直、突然現れたその辺の大学生の言うことなんてスルーされるのではないかぐらいに思っていたのですが、なんとお時間をいただくことができ、湯涌町へ実際に行って観光協会の方へプレゼンをすることになりました。

まだデモ段階でしかなかったアプリの構想をスライドにまとめ、あとは僕の花咲くいろはへの愛を語った結果、いろいろ内容への問題点のご指摘はいただきましたが、改善しながら話を進めていくことになりました…!

観光協会の方も「なかなか継続して大学生と協力関係を結ぶ機会はないから」ともおっしゃっており、「大学生でよかったなぁ」と思ったりもしました笑

2.6. 新たな目標を据えて

初めはアニメの聖地巡礼で進めていたアプリの話でしたが、観光協会の方と話を重ね「アニメ以外の湯涌町の魅力を伝えるスタンプラリーアプリ」という方向性へ進んでいきました。

僕らも現地の方のいろいろなお話を聞き、実際の観光地ではどう言った悩みがあるのかを知ることで、メンバーだけでは気がつかなかったことをたくさん知ることができたのはとても勉強になりました。

そこからは湯涌さんと話し合い、アプリ開発を進め、また話し合い、アプリを修正して…という繰り返しでした。

正直初めはいろいろな対応の中で失礼なことをしてしまったり、湯涌温泉観光協会の方々にはたくさん迷惑をかけてしまったところもあるのですが、それでもご協力をいただいてアプリを改善していくことができました。

そして、1月の氷室仕込み、6月の氷室開き、7月の第10回湯涌ぼんぼり祭り点灯式と半年間で3回のユーザーテストを行い、10月の第10回湯涌ぼんぼり祭りで「撮っテク!」というスタンプラリーアプリを正式にリリースすることになりました。

そういったテストをする機会を下さったのもすごくありがたかったですし、たくさんの方にご協力をいただいて、実際のユーザーの声や様子を見れたのも僕らとしては大きかったです。たくさんの気づきがあり、それがアプリやイベントの運営への改善につなげていくことができました。

本当にたくさんの方の支えがあってやっているんだなというのをずっと感じていました。

ちなみに、このアプリは湯涌を巡りながら途中のスポットの写真を撮り、そのままその写真がスタンプになるというアプリです。

写真を「撮る」と言うのと、その英語である take the picture の「take(テイク)」をかけて「撮っテク!」という名前だったりします(ドヤ顔)

totteku.tourism-project.com

3. 第10回湯涌ぼんぼり祭りにて

それではいよいよ、昨日行われたぼんぼり祭りの様子を話していきたいと思います!

3.1. いざ、本番!!

2022年10月22日、過去2度の中止などを得て記念すべき第10回の湯涌ぼんぼり祭りは開催されました。

yuwaku.gr.jp

今回はコロナウイルスの影響を考えて事前抽選による完全予約制のイベントとなりましたが、それでも1000人以上の方が湯涌町への集まりました。

僕らも朝9時から現地入りをし、テントの設営やポスターの設置など準備を進め、10時にぼんぼり祭りは開始しました。

僕らのテントは湯涌温泉街の1番奥の方に設置されており、初めの2時間ほどは人が少なく心配していたのですが、午後になるについて次第に人が増えていき、僕らのアプリを使ってくださる方もいらっしゃいました。

今回のアプリを使った「湯涌フォトラリー」というイベントでは、すべてのスポットを巡ることができると湯涌の温泉の元である「湯涌温泉入浴剤『ゆわくの湯』」がもらえます。実際に湯涌町で売っているものでもあり、それがプレゼントされるということで喜んでいただくことができました!

また、今回は同時に僕らのWebサイト上で「写真コンテスト」というコンテストも行っており、当日撮った写真で応募して賞に選ばれると豪華景品が贈られるようなイベントも開催しています。(まだこのブログの公開日では応募可能です!)

開始早々でバグが見つかり急いで現地で対応するといったトラブルもありましたが(死ぬほど焦りました…)、比較的スムーズにイベントが進んでいき、お客さんのスマートフォンに実際に僕らのアプリが入って使われている姿や僕らが作成したチラシに目を通して下さっている方を見て大変嬉しい気持ちになりました。

僕らのイベント終了の16:30まで順調にことは進み、無事イベント最後まで行うことができました。

ご参加いただいた方々は本当にありがとうございました!

3.2. 光栄の極みでございます

僕らのイベントはここで終了だったのですが、ぼんぼり祭り自体はまだまだ続きます。というか、ここからが本番だったりします。

ここからは野外の舞台でフルートの演奏やアカペラでの演奏、太鼓の演奏、花咲くいろはの声優の方のお話など豪華なイベントが続きます。

大好きなnano.RIPEのボーカルであるきみコさんのゲリラライブもあり、それに立ち会えてファンの僕はテンションがぶち上がってました!!いやー本当に最高だった!!!

そして、ぼんぼり祭りの最後を飾るのが「神迎え行列」からの「神迎え式」「神送り行列」「神送り式」「お焚き上げ」という流れの神聖な儀式です。

この儀式は実際にアニメのぼんぼり祭りで行われたものが再現されており、アニメファンにとっても大切なイベントです。

なんとなんとなんと、今回このイベントの中の「白丁」という、白装束を着てみんなの願いを書いた「願い札」を運ぶという役をさせてもらえることになっていたのです!!!!!

お祭りに関わるだけでなく、その中でも重要なイベントの一役をさせてもらえるなんて光栄すぎて、お話をいただいた時にはすぐに立候補しました!

3.4 一生に一度の大舞台

Tourism Project の仕事を終えてからは、白丁役の準備を行い、最初の神迎え行列が始まりました。

1歩1歩のリズムが決められおり、歩幅などもあわせながらたくさんの人の中を願い札の入った木の箱を担いで歩きます。この箱がかなり重いのと、リズムや歩幅を合わせながら歩くのが実はかなりしんどかったりするのですが、そんなことも忘れるほどこの貴重な経験ができていることを噛み締めながら役をまっとうしていました。たくさんの人にカメラを向けられてフラッシュを浴びるという経験もなかなかに貴重な経験でした。

その後イベントは進み、神送り行列で再び願い札の箱を担いで歩き、最後の神送り式とお焚き上げになりました。

実はここでさらに特別な役を僕はいただいていました。

お焚き上げでは最後に女の子の神様が松明に火を着け、その火をみんなの願い札が入った櫓につけて燃やすことで、みんなの願いが天に届くのです。

その、松明を受け取って櫓に火をつけるという役を僕が務めさせていただいたのです!!

とっっっても緊張したのですが、イベントを締めくくる最も重要と言ってもいいところを任せていただき、役をまっとうできたことは本当に感無量でした。

そうして無事大役を果たし、イベントはみんなの願いが天に向かったのと同時に終了となりました。

お祭りの最後には花火も上がり、「ああ、やりきったなぁ」としみじみ思いました。

改めて、ぼんぼり祭りを通して花咲くいろはという大好きな作品に関われたことを光栄に思います。

本当に本当に、なかなかできない貴重な経験をさせていただきました。

ありがとうございました。

4. 好きを貫くということ

正直、この金沢に来た時、そして第9回湯涌ぼんぼり祭りに遊びにいった時はまさかこんなことになるとは到底思っていなかったです。

それでも、チャンスを掴んで、たくさんの人の協力をいただいて、自分の大好きなものに関わるという僕の一つの夢を叶えることができました。

正直大変なこともたくさんありましたし、途中で投げ出そうとしたこともありました。

それでもこのような結果になったのは「大好きな『花咲くいろは』という作品に関わりたい」という強い願いがあったからだったと思います。

最初は「できたらいいな」くらいでしたが、その思いは活動をすると共に強く、そして現実的になり、最後は叶えることができました。

こんな経験をした僕から、ここまで読んでくださった皆さんに伝えらることはこれです。


好きを貫くのは簡単なことではない。けれどそれが本当にできた時、最高の経験ができる。


ここ最近よく「好きなことを仕事にする」みたいな話を耳にすると思います。

でも、僕としては"好き"を熱量を保って貫き続けることは思ったより大変なことだと思います。しかもそれを仕事などにしてしまうと辛いことも増えます。

だから、誰にも言うことではないんじゃないかなぁと思ってます。別に「好きなことはたまにの趣味で、それ以外のことで仕事をする」というやり方もとっても素敵なことではないかなぁと思うのです。

なので、無理に好きを継続しなければいけないような環境に置く必要はないと皆さんには言いたいです。

でも、それでも、覚悟があって自分の好きなことに関わり続けたいと思うのならばぜひ挑戦してください。

諦めなければ、最高に素敵な経験が待っていると思います。

どんなことでも人それぞれでいいと思います。

皆さん自身が素敵な人生を送れる選択をしてください。

さいごに

ここまでの長い内容を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。

Tourism Project に入り、たくさんの経験をさせていただけたのは周りの人の助けがあったからだと心から思います。

改めて、プロジェクトメンバーや湯涌温泉観光協会並びにその関係者の方々、私たちのアプリを使っていただいた方々、その他我々の活動にご支援・ご協力くださった方々にお礼をさせていただきます。

本当にありがとうございました。

僕は今年で大学を卒業し東京で就職する予定ですが、Tourism Project の活動は後輩を中心にまだまだ続いていきます。

僕も遠方ながらできる範囲で支援したいと思いますが、これからも皆さんのお力を貸していただけると幸いです。

今後ともよろしくお願いいたします!!


以下僕のTwitterになります。こちらのブログのコメントでもTwitterでも、もし何か聞きたいことなどあれば質問いただければ回答します。(回答できる範囲にはなりますが)

twitter.com

近況報告と雑談

こんにちは、せきやんです。

最近ブログを全然書いてなかったので、近況とかを雑に書いていこうかなと思います。

特に何か大切なお話があるわけでもないので、ゆるりと読んでいただければ〜

最近やっていること

もう大学4年生も半分が過ぎて、残りの学生生活も半年になりました。

いや〜時の流れって早いですよね。

僕はこちらの記事で書いた通り、今の学生生活がやり直しであるのと、大学院に進むことはないので本当に人生最後の学生生活かなと思うので、悔いのないように楽しみたいと思っています!

最近なにをしているかというと、もっぱらコード書いてベース弾いてオタ活するっていう生活ですねー

学業とか課外活動とか

研究をしながら CirKitTourism のプロジェクト活動はぼちぼち続けていたりするので、そこで React とかぼちぼち触ったりしてます。

バックエンドとかインフラももっと触りたいな〜とか思いつつも、いろいろな都合でフロントエンドを書くことがやっぱ多いですね。

正直、後輩への引き継ぎのためとかが多くなってきていて、今まで自分がやってきたことを残すだけで新しい技術や内容に取り組めてないな〜とも思っています。

まずは今やっていることを終わららせて、もっといろいろ触っていきたいです!

ベーシスト復帰!

最近新鮮なのは、またベースをちゃんと弾き始めたことです!

初めて弾いてみた動画を作ってみようと思って、日向坂46の曲の弾いてみた動画を少しずつ YouTube に投稿しています。

久しぶりにまともにベースを弾いているので、指の皮が剥けてちょっと痛いです笑

www.youtube.com

少しだけ、なぜこの活動を始めたを書かせてください。

きっかけは、Twitterで日向坂46関連のツイートを眺めていた時でした。

Twitter 上ではおひさま(日向坂46のファンの名前)の方々が、イラストや漫画などで創作活動をされていて、僕もそのコンテンツを楽しんで見ていました。

ただ、僕は昔からどんなことでも受け取る側ではなく、何かを届ける側になりたいという思いがあります。

これは別に志が高いとかそういうんじゃなくて、消費するだけでは満足できないっていうだけなんですけどね。

今回もそれで、好きなものの創作活動をしている人と同じように「自分も好きな日向坂46関連で何かやって共有したい!」と思うようになったんです。(あわよくばメンバーに届かないかなぁ…

そこで、自分ができることは何かないかと考えた時に、ベースで日向坂46の曲を弾いてみよう!と思ったのがはじまりでした。

次の目標として、いずれはおひさまのバンドメンバーを集めて、日向坂46の曲のアレンジバンドをやってみたいなぁっていうことも今は考えたしてますね〜

こういう活動をきっかけに、自分の周りの人に日向坂46を知ってもらったり、おひさまの知り合いを増やせたりできたらもっと嬉しいですね!

オタ活

最近はオタ活も捗ってまして、かなり活動的にライブに行ったりグッズを買ったりとめちゃくちゃ楽しんでます!

楽しみすぎて、部屋に遊びに来た友人に「え、どうしたの!?」って言われるぐらいここ数ヶ月どっぷりと沼に浸かっています。

でも、本当にめちゃくちゃ楽しいのでオールオーケーですね!!笑

この前も野外ライブの W-KEYAKI FES.2022 の1日目に行ってきました(めんどくさくて結局レポート書けてない…)

会場が富士急ハイランドだったのですが、初富士急という意味でもドキドキでしたし、やっぱり同じ空間に同じものを好きな人たちが集まっているっていうだけで楽しかったですねー

コニファーフォレスト(ライブ会場)入口

ライブは演出やメンバーからの放水でびしょ濡れになる少し特殊なライブでしたが、それも最高に楽しかったです!!

次は 9/10 に行われる全国ツアー愛知公演のチケットを取れたのでめちゃくちゃ楽しみです!

さいごに

読んでいただいた通り、せきやんは元気に楽しく最後の学生活動を過ごしています笑

エンジニアとしてはもっと挑戦しなくてはいけないなと課題感もありますが…

弾いてみた動画の投稿も少しずつアップしていきますので、ぜひ見ていただけたら嬉しいです!

みなさんも良い夏をお過ごしください〜

元不登校が仕事を辞めて大学入学した話

はじめに

こんにちは、せきやんです!

今回は僕が今まで経験してきたことについて、正直に書こうと思います。

これには理由があって、僕が大学受験を考えていた時に、同じような境遇を持つ方のネット記事にとても勇気づけられた経験があり、僕も同じように自分がしてきた経験を伝えることで他の方に少しでも勇気を与えられたらと思ったからです。

ずっと書きたいとは思っていたのですが、就活が終わって大学生活が落ち着いた後でないと、伝えたいことに重みがないかなと思って今まで書かずにいました。

いよいよ大学4年生になり落ち着いてきたところでGWに入って時間が取れ、「今だ!」と思ったので書きたいと思います笑

長文になりますが、ぜひ最後まで読んでいただけると嬉しいです。

目次

僕の経歴について

簡単に説明すると、僕は大学入学するまでに以下のような道をたどってきています。

通信高校卒業 → 専門学校進学 → 就職 → 退職 → 受験勉強 → 大学入学

高校は初めは普通の全日制の高校に通っていたのですが、途中で不登校になってしまい、通信制高校へ転校してそのまま卒業しています。

その後は高校からバンド活動をしていたこともあり、楽器製作の専門学校に進学して、ギターやベースなどの楽器を作る技術を学びました。(珍しいのでここが気になる人もいると思いますが、それはいずれまた!)

専門学校を卒業した後は地元の楽器卸会社に就職して1年3ヶ月ほど働いた後、退職して約半年の受験勉強期間を得て、金沢工業大学に合格して入学しました。

退職と大学進学を決めた経緯

何もわからずにした就職

私が専門学校を卒業して20歳で就職したのは、従業員十数名の小さな楽器卸会社でした。

専門学校の時の就活時はまだこれから自分がどんな仕事をするのかあまりイメージができていない状態であったため、適当に楽器店などを数社受けて落ちたらもう2年の秋頃で、専門学校が紹介してくれたこの会社を受けて内定をもらったので「まぁいいか」ぐらいで入社しました。

そんな適当な状態で入社したので、どんな業務をするのかも理解していなくて入ってから会社や業界のことを知ることになります。こんな当時の自分を雇ってくれた当時の会社には今でも感謝をしています。

入社半年ごろから感じた"違和感"

入って初めの半年間はがむしゃらに働いていたので、あっという間に過ぎていきました。

仕事にも少し慣れて余裕が出てきたとき、違和感を少しずつ感じるようになりました。

「ただの作業の繰り返しで充実感がない…」
「このままこの仕事をずっとやり続けるのか?」
「自分は会社の先輩たちみたいになりたいのか?」

特に不安が増したのが、先輩たちが約半年の間に2人も辞めていったことがあり、それから「このままではダメなのでは?」という気持ちが強くなりました。

初めは転職を考えてみたのですが、そこで気づいたのが

「スキルも経験もない自分には価値がない」

ということでした。そう思いだしてからはネガティブ思考が加速していき、「自分なんて存在価値がないんだ」と思うようになってしまいました…。

ずっと残っていた後悔

ずっと絶望的な気分で仕事を続けていた僕は、ある日両親と会った時に、その時の正直な気持ちを話して相談しました。その時に両親から「自分の人生なのだからやりたいことをやればいい」と言われました。

それが僕の1つの転機になりました。

「自分にとってやりたいことってなんだろう?」と真剣に考えるようになり、そこで出てきたのが「もう一度高校の勉強をやり直して、大学受験に挑戦したい」ということでした。

経歴のところで軽く話した通り、僕は高校の途中で不登校になっており、当時はまともに勉強をできるような精神状態ではなかったためそもそも大学に行くという選択肢を持つことができませんでした。しかし働いてから気づいたのですが、満足に勉強をしていないことや受験に挑戦できなかったことを僕はとても後悔していたのです。

「このままつまらない人生で時間を消費するなら、後悔のない選択をしたい」と僕は覚悟を決めて仕事をやめ、受験勉強をする決断をしました。

「仕事を続けながら勉強をするという選択もあるのでは?」という声もありましたが、仕事をしながらでは疲れて満足に勉強に集中することができなかったため、全力で勉強をするために退職をするという選択をとりました。

この時の僕の目的はあくまで勉強することと受験をすることであり、その後のことはまた後から考えようぐらいに思うほど開き直っていました。

受験勉強期間

限られた時間

開き直ってはいたものの、本当に大学に行くのなら早い方がいいということになり、次の年末で受験をして合格することを目標に設定しました。

しかし、なんと6月いっぱいで退職した僕に残された勉強期間は7月から1月のセンター試験までの残り半年程度でした。

しかも長らく学校の勉強というものから離れていた僕は数学だと因数分解もできないぐらい、英語だと中学の単語も怪しいぐらいでした。

そんな状況でも、退職という大きな決断をして挑んでいた僕は7月になってからは地元の個人塾に頼んで教えてもらいながら必死に勉強をしました。

無謀な挑戦

こんな厳しい環境だったのにも関わらず、僕が初めに理系の国立大学に行きたいという目標を持ちます。今考えると明らかに無茶だったのですが、頑固な気質を持つ僕は塾の先生に宣言して死ぬ気でやればできるかもしれないと言われ、目指すことになります。

当時の僕が立てた計画は以下の通りです。

  • 7月~8月: 数学(I・Ⅱ・Ⅲ・A・B)の青チャート、物理・化学の基礎、英語の基礎の参考書を終わらせる
  • 9月~10月: ↑の応用レベルの参考書を終わらせる
  • 11月: 赤本で入試対策、国語と地理の基礎
  • 12月: 赤本とセンター試験対策

みたいな感じです。いやぁ、今改めて思い出すと意味がわからないですね…。

ですが、当初は塾の自習スペースに朝から晩まで行ってずっっっと机に向かっていたのを覚えています。

再発した"症状"

実際初めの2ヶ月ぐらいは怒涛の勢いで勉強をしていたので、何もわからない状態から基礎的な問題が解けるぐらいには成長していました。

ですが、9月に入ったぐらいから少しずつスタートダッシュの勢いがなくなっていきました。単純にスケジュールに無理があったというのもあり、進度が悪くなればなるほどプレッシャーを感じてしんどくなるという悪循環に入っていきました。

そして、そのまま進んだ11月ごろ、ついに勉強が全く手につかない状態が続くようになってしまいます。こう見るとただの自滅なのですが、これは今回の挑戦において重要なこととなります。

実はですが、これと同じように勉強を頑張り過ぎて勉強ができなくなるということを中学・高校と1度ずつやっており、それが不登校につながってしまっていたのです。つまり、これは学生当時と全く同じ過ちを繰り返してしまっているのです。

この状態になってしまうと、何もかも気力がなくなり、ひどい時はペンを持っただけで震えが出たり問題用紙を見ると吐き気を催すようになります。冗談みたいですが、冗談ではなく本当です。

この状態が11月後半から1月の初めごろまで続き、塾にも行けなくなりほぼ何もできていない期間でした。

この期間、「覚悟を決めてやっているはずなのに、結局自分は何もできない人間だ」という思考が自分を極限まで追い込み、とても良くないことをしようとしたこともありました。(詳細は割愛します)

人生の第一部、完

「またダメなのか」と僕も両親も思っていたセンター試験間際の時、変化は起こりました。

約2ヶ月間の間僕がしていたことはずっと自分を見つめ直すことでした。自分とはどういう人間なのか、自分はなんのために生きているのかということを考え続けていました。

そこで出た答えは「今まで自分は周りの目を気にして、他人の評価を得るためにだけに生きてきた」ということでした。中・高といい成績を取ろうとしていたのは、勉強が好きだからではなく周りの評価が欲しかっただけでした。そして今回、国立大学を目指したのも「その方がすごいと言われそう」ぐらいの理由だったのです。そこまで無意識にずっとそう生きてきた自分に気づいたとき、「他人から評価を受けるために死ぬほど辛い思いをしてきたなんて、なんて馬鹿なんだろう」と思ったのです。僕が苦しんできた根本の理由がそんなことだったと受け入れた時、今までこだわってきたあらゆることが馬鹿馬鹿しくなりました。この瞬間、僕は他人の評価を気にするだけの人生から解放されたのです。

「どれだけセンター試験で悪い点数を取ろうとどうでもいい」と思えるようになり、突然両親に「センター試験受けるわ」と宣言しました。

そしてセンター試験当日、不思議とスッキリとした気持ちで、震えや吐き気といった症状も出ず試験を受けきることができました。

もちろん対策もほぼできていない状態だったため散々な結果でした。それでも、何か自分を変えることができたような達成感がありました。

当然もう国立なんて受かるようなレベルではなかったのですが、スタートダッシュで全力でやっていた分の学力の貯金があったため、私立のそんなに難しくない大学なら受かるかもしれないぐらいのレベルはありました。僕の目的はあくまで「勉強と受験に挑戦すること」であり、行ける大学があるならそこに行ってから後のことは考えようと両親とも話しました。そのため、受ける大学のレベルをかなり下げて私立の理系大学に絞って一般入試を受けました。

そして見事、金沢工業大学に合格しました。

僕にとってこの合格は、「大学に受かったこと」よりも「今まで乗り越えられなかったものに立ち向かい、それを乗り越えることができた」という意味合いが強く、今までの自分にけじめとつけることができたのではないかと思います。

僕の人生の第一部・22年間の戦いはこうして幕を閉じました。

遅れて大学に入って実際どうなのか

ここからは、多くの人から見たら4年遅れの22歳で大学に通うことが実際どうだったのかを中心に書いて行きたいと思います。

年齢について

国立大学などでは年を取ってからでも入学してくる人が少数いるというように聞いていたのですが、私立の大学にはかなり少ないように思えます。僕の知る範囲では、大学の同じ学年の人では自分が一番年上だったと思います。

そこを気にする人はしんどいかもしれませんが、周りの目を気にすることが極端に減った僕は全く気にすることなく、初めの挨拶でも堂々と年齢を明かして自己紹介しました。むしろ年下でも同じ学年なのだから対等に接してほしいと思っており、できる限りラフに話すことを心がけていました。

自分なりの大学生活が送れればいいやぐらいに思っていたので、正直友達ができるかどうかとか考えてもいなかったのですが、堂々としていたのが良かったのか逆に興味を持って話しかけてくれて人がいてそのまま仲良くなりました。今でもその人たちとはたまに遊びますし、友人関係も続いています。

お互いに慣れてくると誰も年齢を気にすることがなくなるので、今となっては「そういえば年上じゃん」みたいにむしろ忘れ去られています。僕としてはその方が嬉しいですけどね。

勉強について

よく言われる通り、大学の勉強は中・高と全く違っており、専門的でより高度になっているため勉強するよりも学ぶという言葉の方が似合うような内容です。

僕は情報工学科に入ったのですが、今まで触れたことのない知識が山ほどあり、中・高のように知識をひたすら詰め込むのではなく、根本から理解するようなもののため、自然と楽しく学ぶことができました。

課題など大変な時もありましたが、昔のように精神的に追い込まれたことはなく優秀な成績を取り続けることができました。(自分で言うのはなんですが)

大学生活について

年齢がある程度上の状態で大学に入ると、「高校を卒業してそのまま入ってきた人たちと同じようにサークルとかに混じってもいいのかな…」と言うことも気になってしまうと思います。僕も多少は気になりました。

ですが、何もダメなことはないので、「やりたいことがあったら積極的にやろう!」ということを大切にするようにしました。

僕は金沢工業大学のプロジェクト活動という課外活動に参加したり、大学主催のワークショップに参加したり、インターンに参加したりなど積極的に活動をした結果、とても充実した大学生活を送ることができました。

自分探しをする

先ほど話した通り、僕は人生の第一部を完結してしまったため、これからの第二部の人生をどう生きようか結構困りました。何が困ったかというと、大きな目標を達成してしまって、次の目標がなく何をしようか悩んだということでした。

だからこそ、大学に入学してからずっとずっと「自分はこれから何がしたいんだろう?」ということを考え続けていました。多くの学生と同じように自分がやりたいことがわからなかったのです。

結果から言うと、今はざっくりですが進みたい道が見えています。

僕がやりたいことを見つけるためにしたことは、もう上記で書いているのですが、とにかくいろいろなことに挑戦してみることでした。大学に入って感じたのは、世界には自分が知らないことばかりということです。そして、やりたいことは自分が知っていることの中からしか見つけれません。つまり、やりたいことがないというのは、まだやりたいことに出会っていないだけというのがほとんだというのが僕の持論です。だからこそ、やりたいことがない時は、あらゆることに挑戦して、いろいろなことに触れることが大切だと思います。

そしてもう一つ大切なことがあると思っています。それは、まずはやれることからやるということです。

基本的に多くの人が楽しいと感じる瞬間は何かに取り組んで上手く行った時だと思います。そして、自分がやれること(得意なこと)をやった方が上手く行くことが圧倒的に多いです。なので、やりたいことが見つからない人はまずできそうなことをやってみて、それが上手く行ったら続けるぐらいがいいのではないかと思います。上手く行くと楽しくなり、それがやりたいことに繋がっていくのではないでしょうか。

就活について

4年も遅れて入っているので、僕が一番心配していたのは就職活動がどうなるかでした。

これも結論から言うと、どうにかなります。というか、どうにかなるどころかとても良い結果で就活を終えることができました。

年齢にもよると思いますが、4年違いぐらいであればどうにかなりました。30歳を超えて新卒として入るとなると少し話は別かもしれませんが…。

僕は大学3年の時、25歳で就活をしていたのですがあまり年齢で問題になったことはありませんでした。

良かったこととしては以下のような要素があったと思います。

  1. 行きたい業界がほぼ実力主義で、学歴や年齢はあまり気にしていない企業が多かった
  2. 大学生活で結果を残すことを1年生から意識していた
  3. 今までの経歴を嘘偽りなく堂々と話すようにした

まず1.については、やはり選ぶ業界は大切だなと思います。僕は意図的にそういった環境を探して選んだのですが、年功序列の企業や業界に行こうとすると厳しいこともあるかもしれません。実際に僕が就活していた企業の中にも、年齢制限で応募できないような企業もありました。

次に2.については、社会人時代の話で触れたように、何もできない自分というのを感じていたので、大学に入った時からとにかくスキルと経験を得ることを重視するようにしていました。なので、多くの学生がやるようなアルバイトはせず、仕事につながるような経験ができる活動することを重視しました。(僕は両親から金銭的な援助があったのでできましたが、学費を稼ぎながら行かれる方は話が別だと思いますので気にしないで下さい)

そして3. については、実際の就職活動の時の話になりますが、僕のような変わった経歴があると面接などで100%聞かれます。その時に黙ってしまったり、ネガティブなことばかりを話してしまうと上手く行かないこともあるかと思います。ですが、僕はこの時には自分が今までしてきたことに誇りを持っていたので、正直に堂々と話した上でそれが今の自分であることを言いました。結果的にそういった姿勢が良かったのではないかと思います。

こんな僕から伝えたいこと

長々と書いてしまいましたが、最後に僕から皆さんに伝えたいことがあります。

それは人生を変えたければ挑戦が必要だということです。

あ、別に何かに勧誘したいわけではないですよ笑

ただ、昔の僕のように今の環境や今の自分に絶望している人がいたり、今までがつまらない人生だなという人がいたら、それは何かを決断して挑戦しなければ変わらないと思います。

挑戦をすることはとても怖いと思います。僕も今でも怖いです。

でも、もし挑戦して失敗しても、今が最低だと思うならそれより悪くなることはないんです。むしろ僕のように失敗することで、何かに気づいて大きく変化することがあります。

今がどれだけ最低でも、あなたがほんの少しの覚悟と勇気を持てば、その人生は大きく変わると思います。

年齢を気にする必要はありません。周囲の目を気にする必要はありません。

皆さんにとって、本当に大切なものを1番に考えてください。

そうすれば、きっと少しの覚悟と勇気が湧いてくると思います。

皆さんの挑戦を僕は心から応援します。


こんな自分語りを最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


以下僕のTwitterになります。こちらのコメントでもTwitterでも、もし何か聞きたいことなどあれば質問いただければ回答します。(回答できる範囲にはなりますが)

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好きを大切に

こんにちは、せきやんです

僕が今一番好きなこととは、もちろん「日向坂46」です!

ライブに行ってから、気持ちの切り替えが追いつかないので記事に吐き出して気持ちを落ち着けたいと思います。

そんな記事なので、暇な人だけお付き合いください笑笑

はまったきっかけ

きっかけはもともと好きだったお笑い芸人のオードリーでした。

それまではアイドルなんて微塵も興味がなかったのですが、ある日 "あちこちオードリー" という番組にメンバーが出演した時に「なんだこのかわいい子たちは?」と思って調べたのがきっかけでした。

もうそこからはずぶずぶで、調べれば調べるほど沼にハマっていきました。

なぜ最近急にTwitterで言い始めたのか?

日向坂46を好きになったのは2020年12月ごろともう1年以上前なのですが、今までほとんどTwitterでは触れてきませんでした。

リアルの友達には公言していたのですが、なぜ今になって?と思った人もいたりいなかったりするかもしれませんね()

これはなんとなくというわけではなくて、狙って日向坂46や坂道グループの投稿は控えるようにしていました。

Twitterブランディング

実は僕はSNSというものがあまり得意ではないのですが、インプットとしてもアウトプットとしても今の時代やった方が得だなと思うので頑張ってやっていたりします。

そんな僕なので、自然にしているとSNSを放置してしまうので、ある程度ブランディングとか考えて投稿頻度を減らしすぎないようにしています。

まぁブランディングと言っても、続けるためにやっているだけなので大したものではなくて

  • フォローしている人が興味ありそうなことを呟く
  • 自分についているラベルに関わるものだけ呟く
  • 無駄なツイートはせずに、1ツイートのネタを濃くする
  • なるべく画像をつけてツイートする

とかをぼちぼちやってました。なので、なるべく僕のツイートのいいねのつき方を参考にしてツイート内容の傾向を決めていました。

そう、つまり僕の周りには日向坂を好きな人がほぼいなかったので、ツイートしてもしょうがないなと思っていたからなんです。

今回日向坂46関連のツイートを解禁したのは主に二つの理由があります。

  1. Twitterをやって数年経って僕自身に興味を持ってくれる人が増えた(気がする)
  2. 好きなものを好きと言うのは大切

Twitterをやって数年経って僕自身に興味を持ってくれる人が増えた(気がする)

最近Twitterとか周りの人の反応を見て、数人ですが発信するコンテンツではなくて僕自身に興味を持ってくれている人が数人ですがいるんじゃないかなと勝手に思っています。

こういう方たちがいてくれると、僕が興味があるもの自体にも目を向けてくれるので何について語ってもいいかなと思い始めてました。

まぁそんなん知らんがな、という感じですがTwitterブランディングという縛りプレイをしている僕からしたら結構大きな変化です。

好きなものを好きと言うのは大切

突然ですが、僕の日向坂46の推しは小坂菜緒(通称こさかな)です。

こさかななんですが、つい最近まで半年以上活動を休止していたんですね。

mdpr.jp

この期間があって、好きなものがいつまで好きと言えるかわからないし、今この瞬間に全力を注ぐことは大切だなと、すごく思いました。

あと、この前ライブに行った時に好きなグッズを身に纏う人たちを見て本当になんか"イイな"って思ったんですよね。好きなことに全力を注いでいる人ってキラキラして見えませんか?

僕も堂々と好きなものを好きだと言いたいなと思ったんですよね。

趣味を糧に生きていく

僕の今の生きる活力のほとんどは日向坂46です。彼女たちの活動から元気をもらって日々を生きています。

最近また疲れて悩むことが多かったのですが、メンバーが頑張る姿を見て前に進もうと足掻いています。特に、最近卒業を発表した渡邊美穂の選択にはすごく考えさせられて、その決断に勇気をもらいました。

こうやって趣味があるから、また僕は頑張れるんだなと改めて思います!

皆さんも好きなもの、絶対何かあると思います。好きなものを好きと言って、それを楽しみに生きていくのって良くないですか?


それではまた。

著者: せきやん (@sekiyan372) | Twitter

日向坂46のライブ初参戦レポート

ブログではお久しぶりです。せきやんです。

先日、日向坂46のライブに初めて行ってきたのですが、それがあまりに衝撃の嵐でした。

完全趣味の記事は初めてですが、まぁ好きなことを書いていいのがブログだと思うのでいいよね?

どのライブに行ったの?

3/30(水)・31(木)に東京ドームで行われた「3回目のひな誕祭」という日向坂46の3周年をお祝いするライブの day2 に行ってきました!

このライブは少し特別で、東京ドームというのは日向坂46がずっと目指してきた場所だったので、そこでのライブが初参戦というのはすごいことだなと思っていました。

しかも、今回僕の推しである小坂菜緒(通称こさかな)の復帰後初ライブということもあって、このライブに当たったのは運命なのではないかなと勝手に思ってます。

会場入場まで

今回は金沢から東京までの遠征ということで当日朝早くに起きて新幹線で移動しました。ここでいきなり切符を買い間違えて大金を損するというトラブルも起きますが、なんとか東京まで向かいます、、、。

東京駅から JR に乗り換えて東京ドームまで向かいました。そして念願の東京ドームへ…!11時半ごろに到着したのに、すでにめっちゃ人がいてびっくりしました!

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東京ドーム到着!

そこからはドーム周辺をぶらぶらして周りの人を見たり、現地でしかもらえない特典をもらったりしてました。

今まで周りに日向坂46を好きな人がいなかったので、こんなにも世の中に同じものを好きな人がいるんだなーと、少し幸せな気持ちになりました。

そして、それぞれみんながグッズを身につけていたりして、好きなものを堂々と見せられる空間って本当に素晴らしいなと思って、すでに楽しさMAXでした!

物販に2時間ぐらい並びましたけど、周りを観察していたらあっという間でした笑

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6thシングルのパネル展示
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推しを発見!

ドーム内へ入場

3時ごろに入場が開始したので、すぐに中に入りました。すぐに向かったので割とスムーズに入場できました。

中に入ると巨大なステージが…!ここでもさらにテンションが上がりました!

中は残念ながら撮影禁止だったので見せることはできませんでしたが、本当にみんなに見せたいほど迫力がありました。

そして席まで行ってみたらなんとメンバーが近くに見えるぐらいのいい席でした!

実はここから講演開始まで2時間ぐらいあったので、読書したり、周りを眺めたりして過ごしました笑

ライブの感想

ライブについては印象に残ったことを紹介します!

日向坂46は実在した

皆さんずっとファンだった人を前にした時に感じたことあると思います。

僕がライブが始まって最初に抱いた感想は「日向坂46のメンバーってほんとにいるんだ…」でした。

もう本物はキラッキラしていて、可愛くて、なんか最高でした。

セトリが神だった

初め「キュン」と「ドレミソラシド」からスタートした時点でもう最高でした。

特にこさかなが指揮をして始まるドレミソラシドは、本当に推しが戻ってきたんだなと感じてすでにボロボロ泣いてました、、、

けやき坂46時代の曲もたくさん披露されて、バランスの取れた構成がまさに完璧だと思いました!

けやき坂46が東京ドームに…

先ほど言った通りけやき坂46時代の曲もたくさんあって、けやき坂46がついに東京ドームまできたんだなと思う瞬間がたくさんありました。

昔の衣装での登場などもあり、ファン全員が湧いていたのを鮮明に覚えています。

もう、そんな演出されたらこっちはボロ泣きですよ…

おひさまみんなで作る虹が凄すぎた

「JOYFUL LOVE」という曲ではみんなのサイリウムで虹を作るのがライブの定番です。

これ、生で見ると本当にきれいで、迫力もすごいんです。これを見るためだけでもライブに行く価値はあります。

しかも、すごいのが毎回これ運営に言われてではなくてファンの煽動なんですよね…おひさま凄すぎる…

アンコールの新曲披露が衝撃的だった

アンコールがまさかのサプライズで新曲の初披露で、ほんとに目ん玉飛び出るのかと思うぐらい驚きました。

そして、まさかのこさかなセンター、、、

やばいよ、やばすぎるよこのサプライズ。まじ最高でした(語彙力)

この新曲「僕なんか」はMVが公開されたので、必見ですよ!

youtu.be

ライブを終えて

推しが増えました

今まで推しはこさかな1人だと決めていたのですが、このライブで河田陽菜、上村ひなの、森本茉莉も推しになってしましました…。

河田陽菜は前からかわいいなとは思っていたんですが、このライブにで完璧にやられました。

上村ひなのは生でみた時の動きとかが完璧にアイドルでかわいすぎてやられました。

森本茉莉は、席的にライブ中で一番近くに来てくれる回数が多くて、一生懸命なところにやられました。

でも、これからも1番の推しはこさかなです!これは変わらないけど、3人も推していきます。というかそもそも箱推しだからメンバーみんな好きだけどね!!!

もっともっっっと日向坂46が好きになった

今までもちろん好きだったんですが、ライブに参加してほんとに好きになりました。

日向坂46は本当におひさま(ファン)を大切にしてくれるグループなので、触れれば触れるほど"もっと応援しよう!"と思えるようになります。

これからもさらにオタクの活動に力を入れていきたいと思います!!

ほんとに最高のライブでした!!

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ライブ終了!

著者: せきやん (@sekiyan372) | Twitter